先月の4月17日に、がんで亡くなった横山友美佳さんのことが紹介されていた。21才という若さだった。
彼女は189センチという長身を生かし、高校時代は女子バレーの日本代表合宿メンバーに選ばれるなど、将来を期待されていた選手だった。現日本代表の木村沙織とは、同じ下北沢成徳高校でバレーボールに励んでいた親友だ。
ところが志半ばにして、18才でがんを宣告され、バレー選手の道を諦めることに…。
この横山友美佳って名前を、俺は初めて聞いた気がしなかった。
記憶のどこかに引っかかっている気がしてしょうがなかった。
それもそのはず。
木村と横山が高校生のころ、当時の俺はフジテレビのADをやっていて、春高バレー(春の高校バレー)の取材で彼女らの姿を見ていた。
「こんなでっけー女、初めて見た」
せいぜいあのときの俺の感想なんてそんなもんだった。
あれから俺もいろいろなことがあったから、当時のことをハッキリ思い出せず、過去のニュースを探しながら記憶の糸をたどってみた。
あれは1月ごろ、たしか東京の駒場高校で、春高バレーの東京都予選が開催されていた。
東京には共栄、文京、八王子実践、下北沢成徳という4つの強豪があり、この4校が全国への3つの出場枠をかけてしのぎを削っていた。強豪のうち、1校だけが脱落するという図式だ。
しかし、一学年上の木村が抜けた下北沢成徳は、完全に横山一人のワンマンチームといわれていた。身長的にも横山だけが飛び抜けて大きかった覚えがある。それが響いたのか、結局、下北沢成徳は予選で破れ、全国大会には進めなかった。
春高バレーは、いわばバレーボール版の甲子園。高校生の聖地だ。
下北沢成徳の夢はここで破れ、横山も涙に暮れた。
そして3月。
都道府県予選が終わり、俺は春高バレー全国大会の取材に飛び回っていた。といってもディレクターの小間使いだけれども。
ジャニーズのNEWSの面々に付いて、九州や新潟など、全国大会の出場校を訪問するロケを繰り返していた。
そのときはもちろん、全く知らなかった。
華やかな春高バレー全国大会が開催されている、同じ3月に、その予選を戦っていた横山友美佳が医者からがんを宣告され、バレー人生を諦めさせられる苦悩を味わっていたことを……。
今日、本屋さんで、
「明日もまた生きていこう 18才でがん宣告を受けた私」
という横山友美佳の闘病手記を見つけた。
表紙には、下北沢成徳で元気にバレーをしていたときの写真が飾られている。
俺も見覚えのあるユニフォームだ。
手に取って、ページをめくってみると……、
「どうして、どうして私なの?」
という一文が目に飛び込んできた。
「世の中に悪いことをしている人はごろごろいるのに、どうして夢に向かって一生懸命がんばっている私を選ぶの?」
思わず、胸に熱いものがこみ上げてきて、
涙が出そうになるのを必死でこらえ、まぶたの裏側で泣きました。
闘病生活の中で髪の毛を剃らなければいけなくなったこと、一緒に病気と闘うことを誓ったはずの恋人とのすれ違い、そして新たな生きがいを大学進学に見出して前向きに生きようと……。
でも、その彼女は先月亡くなってしまった。
本当に、まさか。まさかだった。
まさかあのとき元気にバレーをしていた女の子が、こんな大変なことになっていたとは…。
バレーボール漬けの青春は一転、
3年間に及ぶがんとの闘いを強いられ、そして21才の若さで死を迎える。
…何となく、この本は読んでおかなきゃいけないような気がして、購入しました。
大切にゆっくり読もうと思います。



