憎らしいほど冷静に、そして残酷に。
ジネディーヌ・ジダンの放ったシュートは、イングランドを地獄へと叩き落とした。
ユーロ2004グループリーグB、フランスvsイングランド。
後半終了間際まで1-0でリードしていたイングランドは、このまま守って逃げ切るかと思われていた。だがフランスがゴール正面で得たフリーキック。なんとこれを主将ジダンが決めて、フランスは同点に追いつく。さらに2分後、気落ちするイングランドの隙を突いてアンリがPKを得る。キッカーはまたもやジダン。
‥彼は大会前に言っていた。
「このユーロ2004が終わったとき、ジダンの大会であったと言わせたい」と。
これ以上ないプレッシャーが彼に襲いかかる中、ゴール正面に立つジダン。彼が蹴ったボールは左ゴールポストギリギリをかすめ、サイドネットに吸い込まれた。衝撃だった。シュート自体ももちろんすごいが、この大一番でもきわどいコースを狙っていく精神力。少しでもズレが生じればゴール枠すらも外れてしまう。自分の技術に相当の自信がなければこんなボールは蹴れないだろう。また一つ、この男に伝説が生まれた瞬間だった。
一方のイングランドにも追加点を奪うチャンスはあった。ルーニーが得たPKだ。しかし、イングランド主将ベッカムはこれを外してしまう。ベッカムは軸足が浮くほどに強くボールを蹴った。その結果、弾丸シュートで確実にゴール枠をとらえたものの、コースに甘さが出たシュートはGKバルテズにスーパーセーブの機会を与えてしまった。
10本PKを蹴れば、8本は決めるであろうベッカムとジダンの明暗を分けたのは、いったい何だったのか。
少し古い話になるが、昨年アメリカの空爆により始まったイラク戦争。それに対するサッカー界の選手の声を紹介したい。
ベッカム「僕が考えているのは、戦争で親を失った子供、子供を失った親のことだ。サッカーの試合に勝つことで彼らに微笑みを与えることができるのであれば、ぜひともそうしたいと思うよ。」
バッジョ「すべての命にかけがえのない価値がある。僕はそう信じている。空爆される家にとどまることしかできない人たちのこと、戦場に向かう兵士のこと。僕はそんな人たちのことを思わずにはいられない。」
誰もが胸に抱える戦争の悲しみを語った。しかしそんな中で、全く異質のコメントを出す選手がいた。
ジダン「我々はサッカーの試合をして、スポーツの話をするためにここにいるのです。それ以外の話題には触れたくありません。この試合に勝って、勝ち点を15にして、ユーロ2004本大会への出場をより確実なものにすることしか考えていません。」
人によっては、彼を冷たい人間だと思うかもしれない。だが、彼はサッカー選手という枠を超えて雄弁に語ることを嫌った。プロのサッカー選手としてのプライド、そして大舞台でも揺るがない自信。
その結果、彼は何万ものプレッシャーがかかる中でも普段通りのキックでPKを決めた。彼の名はジネディーヌ・ジダンなのだ。


