サッカーは見るよりプレーするもんだろ。見てて何が楽しいの?
サポーターって、なんで応援なんかしてるんだろう。
サッカーの経済効果? そんなの興味ないよ。
以前の俺はそんな感じだった。
自分がプレーするピッチ以外にまるっきり興味がなかった。
でも今はちょっと違う。
サッカーという競技が見せる奥深さと可能性の中で、
「自分も何か出来ないだろうか、人に影響を与え動かすことは出来ないだろうか」 という気持ちがフツフツと湧いている。
下のイベント運営に関わったのは、まさにそんな人間ばかりだった。

ストリートサッカーW杯とは?
7/1〜7/8、ちょうどドイツW杯決勝トーナメントの真っ最中、ベルリンの東地区クロイツベルクにて「ストリートサッカーW杯」が行われた。
(この取材レポートはStarSoccer9月号にて書かせて頂いたので、よろしければご参照の程を。…ってもうバックナンバーしかないでしょうけど)
ストリートサッカーというと、貧しい子供が路上に出て、裸足でボールを蹴りあっているような姿が目に浮かび、ロナウジーニョもそういう環境で育ったのかなと連想させる。そう、ちょうど下の写真のような感じだ。

しかし、ここでの「ストリートサッカー」はもう少し広義である。
道具やコートがないから、仕方なく路上でプレーするというイメージをまずは取り払っていただきたい。
そして、この写真を見て欲しい。

これは、ストリートサッカーW杯参加チームのひとつ、
「和平と平和を訴える、イスラエル・パレスチナ混合チーム」の試合前の様子である。いつ何が起きてもおかしくない緊張、終わりの見えない紛争が続いている両国。そんな状況を思えば、その2つの国旗をたばねて振りかざしていることがどんな大きな意味を持つか、容易に想像がつくだろう。
彼らは普段はイスラエルにあるスポーツクラブで練習を共にしており、紛れもないイスラエル・パレスチナの現地混合チームである。昨年にはFCバルセロナとサッカーの練習試合を行い、イスラエルとパレスチナに和平の未来があることを全世界に示すことに成功した。
ええっ?これがストリートサッカー? と思った方もいるかもしれないが、これが現代のストリートサッカーなのである。
「ストリートサッカー=貧しい、裸足」といったイメージは昔のもので、今は「ストリートサッカー=世界最高のコミュニケーション法」として捉えられているのである。

そもそもストリートサッカープロジェクトが立ち上がったきっかけは、誰もが記憶に残っている1994年、アメリカW杯の事件だった。コロンビア代表のエスコバルは、グループリーグ戦でオウンゴールのミスを犯し、その結果コロンビアはW杯から姿を消してしまった。それに腹を立てた人間が、なんとエスコバルをレストランに押し入って射殺してしまったのである。当時、エスコバルの体には10発以上の弾痕が残っていたという。
「なんでサッカーで人が死ななきゃいけないんだ・・・。」
1994年当時、そう思ったのは俺だけじゃなかった。
その痛ましい事件の起きたコロンビアの大学が発起人となり、「暴力に対抗する手段としてのサッカー」、さらには世界中のあらゆる紛争を解決する手段としてのサッカーを広めていった。上記のイスラエル・パレスチナ混合チームもその一つである。
また俺は大会中、コードサイドでアナウンサーを務めていた人物と会うことが出来た。彼はナイジェリアチームを率いる代表でもあった。しかし選手たちにビザが発給されずチームの出場を断念した彼は、ナイジェリアがこの大会に参加できなかったことを本当に残念がっていた。

「今、ナイジェリア国内ではエイズが猛威をふるっている。政府でさえもどれだけ患者がいるかも全く把握できていない。予防策を指示することも出来ずに、人が死んでいくのを見ていることしかできないんだ。」
そして彼は続ける。
「そんな状況で、ナイジェリアが何かに期待できるのは、サッカーしかないんだ。スタジアムではハーフタイム中にエイズの知識を教えるキャンペーンをしている。サッカーチームでも技術を教えると共に、エイズに対する教育も行っているんだ。これは世界中で人々に愛されているスポーツ、サッカーにしか出来ないことなんだよ。」
みんなが好きなサッカーを媒体として、生きる上で絶対に学ばなきゃいけないことを教育していく。
「暴力の排除、和平・平和の訴え、病気への対抗」
そんなどうしようもないような状況に対する、一筋の光がサッカーだとしたら・・・。
それに携わる自分も、知らないフリをするわけにはいかない。ジャーナリストとしても、ただのサッカー馬鹿としても、なんとか貢献できる活動をしていきたいと思っている。



