今日の俺は、東京への不満をブチかまします。岐阜人として。
おとといの金曜日、池尻大橋駅のトイレの小便器にゲ○をしたばか者がいたようで、掃除のおっちゃんが詰まったモノを必死に取り除いていました。
「大変だねぇ」と声をかけたら、こんなこと毎週のようにあると言ってました。
金曜・土曜を越えると、東京の街はゲ○だらけ。
不愉快極まりない。電車の中にもしょっちゅう見かける。
そろそろ、『適正じゃない場所にゲ○をした者には罰金を課す』
という法律が作られても良いかと思います。
さらに金・土の悲劇はゲ○だけじゃありません。
先々週、仕事を終えて終電で帰ると・・・
近所の電柱をひたすら蹴りまくっているオッサンを発見。
人とすれ違うときに肩がぶつかると、
飛んでくるのは「すみません」じゃなくて「チッ」。
電車で、おばあちゃんが必死に立っているのを見ても、
シートに座っている兄ちゃんは知らんぷり。
・・・なんで東京はこんなんなんだろう? と考えた俺。
たどり着いたのは「東京に人が多すぎるからだ!」というわけ。
パーソナルスペースが狭くなることによって心の余裕がなくなる。
そうすると上に書いたような馬鹿が生まれやすくなる。
それだけじゃない。
中央に人が増えすぎれば、環境は悪くなるし、犯罪は増えるし、地方が劣化する。
とくに環境問題は深刻ですよ。
4/1には30度超えの真夏日とか言われ、その数日後には雪が降った。
これだけの異常気象を見せつけられても、
まだ花見だ花見だと、浮かれるだけの人がほとんどだもんね。
あるオランダの学者によると、
このまま環境破壊が進めば、地球はあと『15年』しかもたないらしい。
環境問題で一番やっかいなのが、「実感できないこと」だと思うんですよ。
教育問題だったら、自殺があってショッキングな報道がされたりするでしょ。当然、なんとかしなきゃ! って気運が高まる。
経済だって、日本の借金がこんなにあるんだぞ!って言われれば危機感が強まる。
でもね、環境問題って違うんですよね。
問題の深刻さに、誰も実感を見出してない。
自殺や殺人事件と同じくらいのショックを環境問題から感じたときには、もはや地球は手遅れになっていると思う。
話はそれたけど、そういう環境問題を起こしている諸悪の根源が、東京集中にもあるわけです。
日本は、1億人のうちの1000万〜1500万が東京にいるという事態。
日本人の10%以上が東京に住んでいる。
ちなみに俺が去年住んでいたドイツの総人口は8000万人で、
一番人口の多い首都ベルリンは300万人です。
ドイツは中央と地方のバランスが非常に良い。だからあの国の環境は本当に美しかった。都会にもちゃんと緑があるし。トータル的に余裕があるんです。ドイツW杯に訪れた人は知っているはず。
そしてまた俺が気に入らないのが、そういう東京の悪いところを逆に伸ばして利益を得ている存在があること。
それは、人材ビジネス。
人ばかりが増えて余裕をなくしていく今の東京で、人材ビジネスはうまみを吸い続けている。
人が増える→物が売れる→物を売るために人を増やす→人が増えたので、ますます物が売れる→人を増やす
悪循環。
何も産み出さないのに人だけが増えてるでしょ。
ある人から、こんな話を聞きました。
「人材会社Aからのハケンで、人材会社Bの経理に行っている」
あほらしい。
経済の数字は上がるかもしれないけど、中身のない金が東京の中でグルグル回ってるだけ。
いや、むしろ無意味に人が増えて環境悪を作り出している。
別にサービス業全体を否定するわけじゃないけど、
サービスするために人が増え、サービスしている人をまたサービスするために人が増え、さらにその人をサービスするために人が増える………
その結果、ダメージをくらうのは東京の環境。
オイオイいい加減にしろよ、と。
そこで、東京人類排斥運動なわけですよ。
極端な話、東京・埼玉・千葉・神奈川あたりで、
住民税を突然10倍とかに値上げされて、
「それでも自分は東京圏に住む必要がある!」 という人以外は地方へ散らばらなきゃいけないと思う。
とりあえず東京、という考えはそろそろ捨てなきゃ。
地方の良いモノを守る、そういう風潮にシフトしたいね。
人間は植物と違って、動く自由がある。
人間は動物と違って、考えて動くことができる。
でもその2つを放棄したら、人間はただモノを破壊するだけの存在になってしまう。
人間は木や花などの植物を見たとき、尊敬の念を込めた羨望のまなざしを送ることがあるらしい。
すごく自然な感情だと思う。
だって植物は、そこに生きているだけで何かの役に立つことができるもの。
だけど人間は違う。
考えて動かなきゃ、自分の存在自体が害になりかねない。
あ〜長くなった。
都知事選、出れば良かったかな(笑)


