2006年W杯出場国の中で、ドイツ代表は最もチームとしての団結が強かった国の一つだ。開催国としてのモチベーションはもちろん、選手たちは監督のユルゲン・クリンスマンを非常に慕い、彼自身がカリスマとなってチームを作り上げた。
クリンスマンはスポーツフィジカルトレーニングに世界一の定評があるアメリカからトレーナーを雇い、ドイツ代表のトレーニングに取り入れていた。もちろんこれは、3位決定戦までの全ての試合を運動量と1vs1の強さを武器に戦い抜いてきた成果と無関係ではないだろう。

「ダンケ(ありがとう)」
ドイツ代表の凱旋シーン。お気に入りの一枚。
もともとベルリンの壁の一部だったブランデンブルク門周辺には、西も東もないドイツの人々が集まって幸せな空気を作り出していた。イタリアには負けてしまったものの、最終戦の3位決定戦に勝つことによって創造されたこの空気は、不要不要と常にささやかれる3決を「なかなか悪くないじゃん」と思わせるのに充分なものだった。
クリンスマンに贈られた数え切れない「ありがとう」。
彼と同じように監督初挑戦となったジーコには、ほとんど与えられなかった言葉だ。さすがに感謝はないにしても、4年間で圧倒的に薄くなってしまった頭髪を見ると…個人的には「おつかれさま」ぐらいは言いたくなってしまう。
正解かどうかは別として、ジーコはビジョンを持った監督だった。
「日本プロ野球の伝統的なスタイルがそうであるように、日本スポーツ界には監督の指示を待つというような受動的な精神が根強い。常に監督の顔色を伺いながらプレーするというようなね。だが、サッカーは監督の指示を待って戦うスポーツではなく、個性をもって自主的に戦うものだ。」
このビジョンには大賛成だった。
スポーツに限らず、たしかに日本人にはそうした受動的な姿勢というのは強く根付いている。それが日本の発展の妨げる一つの要因になっているのは疑いようのない事実ではないだろうか。
監督は常に組織全体のバランスに気を配らなくてはならないが、サッカーのファクターはそれだけでは成り立たない。
「相手FWが今日は調子がいいのか、思ったよりも足が速い。裏を取られないようにケアしなければ」「相手サイドが攻撃に気を取られている。タイミング良く飛び出せば…」
こういった"個の駆け引き"は、ピッチレベルでしか体感・体現できないものであり、各々が「自主的に考えて動くプレーヤー」になることが必須である。ベンチの指示なんて待っている暇はないし、そこまで詳しく全ての状況を把握できる監督がいたらお目にかかりたいものだ。
ジーコが打ち出したビジョンは、日本がいずれ世界と肩を並べるためには必要不可欠なものであり、たとえ2006年W杯で結果が出なくても何らかの産物を残すだろうと思っていた。ところが…。
ジーコはビジョンを実行に移すための"手段の引き出し"が余りに少なかった。ただし、それ自体は仕方のないことである。経験のない新人監督であるジーコを選出したのは日本サッカー協会なのだから。
別に僕は、『きめ細かい戦術を選手に与えろ』とは言わない。自主的に選手が考えて動くチームを作るのならそれもいいだろう。しかし、それは国民性をひっくり返すようなものであり、簡単なことではない。
問題なのは、ジーコが指示待ち人間を自主的に動く人間に変えるための手段が「自由を与えること」で充分だと思っていたことなのだ。彼は日本代表選手たちを買いかぶっていたのである。そこには選手にも責任がある。
ジーコは、W杯敗退の要因として3つの事柄を挙げた。
1.プロ意識の欠如
2.成熟していない
3.フィジカルの弱さ
こんな基本的なことを終わってから言い出すことに若干の腹立たしさを感じるが、言っていることは正しいと思う。2.成熟についてはジーコにはどうしようもないことかもしれないが、3.フィジカルについては彼のミスに違いない。その問題に気付かなかったのか知っていて見過ごしたのかは分からない。しかし、"サッカー大国ドイツ"のクリンスマンが、フィジカルトレーニング大国家のアメリカからトレーナーを招聘して万全の準備を整えたことを考えれば、"サッカー後進国"を率いたジーコは余りに無策だったと言わざるを得ないだろう。
海賊ひで的にジーコジャパンを一言で表すならば、
「ビジョンは立派。でもそこにたどり着く中身がない。」
う〜ん。こう書いてみると、ジーコと某総理大臣ってそっくり(笑)


