
ベルリンでの死闘がよみがえる!
偶然? むしろ必然と呼ぶべきなのだろうか。あのドイツW杯決勝からわずか2ヵ月−。ここフランスの首都パリにて、2008年欧州選手権出場をかけて、W杯準優勝国フランスと優勝国イタリアがふたたび顔を合わせたのだ。
2ヶ月前、引退を控えたジダンの信じられない頭突き事件により、ただのサッカーの決勝は人種差別問題を含んだ議論へと飛び火した。そしてベルリンのW杯フィナーレは消化不良のものとなり、あれほど熱狂したW杯に暗い影を落とす結果になってしまった。
しかし、実はあの決勝にはまだ続きがあったことなど、いったいどこの誰が予想しただろうか。世界中のサッカーファンは運命の恐ろしさに驚嘆したか、もしくはチャンピオンズリーグのバルセロナvsチェルシーの組み合わせを例に挙げて、UEFAが行う抽選の公正度に疑念を持った者もいるのかもしれない。
2日前、この試合日に照準を合わせたのか、イタリアでは出場停止のマテラッツィがジダンに吐いた暴言内容を告白した。「俺は、ユニフォームよりお前の姉がいいって言っただけだ。良くない言葉だがサッカーでは誰でも言ってること。そもそもジダンに姉妹がいるかどうかさえ、知らなかった。」
しかしフランス人はそんな言葉を信じる気はないようだ。彼らはジダンが冒した頭突きに関して、「ジダンは悪くない。マテラッツィが人種差別発言をしたんだ。ジダンがサッカー選手として失格なら、マテラッツィは人間として失格だ。」とジダンを全面擁護し、「メルシー、ジダン」という旗を掲げて今日のスタジアムに現れた。
もはやこの事件は議論などでは解決しない。
ピッチで起きたことは、ピッチで決着を付けるしかないのだろう。

会場となったスタット・ドゥ・フランスは、1998年フランスW杯時に新設され、決勝のフランスvsブラジルの舞台になったスタジアムである。日本代表が5−0で敗れた「サンドニの悲劇」もここで起きている。
今日の試合、チケットは全てSOLD OUT。80000人の収容数を誇る巨大スタジアム、それもたかが「予選の1試合」にも関わらずである。皮肉にもジダンが起こした事件は、リベンジという新たな意欲を燃やすパリっ子を集結させることとなったのである。
パリ市内からやや郊外の工業地に位置するスタット・ドゥ・フランスには、イタリアからも沢山のサポーターが駆けつけた。W杯優勝回数を意味する「☆」を4つ付けた巨大国旗をぶらさげ、フランス人のブーイングを買っていた。さらに、引退してなおかつ出場停止処分を受けているジダンを相手どり、「なぜジダンがいないんだ?」とフランス人の怒りを逆撫でするようなメッセージを掲げていた。しかしフランス人も負けてはいない。「☆泥棒」と書かれたイタリア国旗をかかげて真っ向から応戦し、イタリアサポーターに中指を突き立てて挑発していた。しかし、2ヵ月の冷却期間が効いたのか、両サポーターともこのやり合いを楽しんでいるような雰囲気があった。ドイツW杯時には暴動で死者まで出てしまったパリの街だったが、今回はそんな気配は微塵も感じられなかった。銃を装備して大量に構えていた警官隊には、遅くまでご苦労さまでしたと声を掛けたい気分である。
(余談ではあるが、フランスのスタジアム警備はドイツよりも厳しく感じた。朝から周辺をうろうろしていたダフ屋諸君も、現金のやり取りには相当気を使っているようだった。)
2ヶ月前とはまるで正反対、スペクタクルゲーム
試合は開始直後から、両チームともが攻撃的にぶつかり合う展開となった。1ヶ月に及ぶ戦いの末に、疲れ果てて決勝にたどり着いたドイツW杯時とは違い、コンディション充分で臨んだこと、ノックアウト式ではないリーグ式予選であることが幸いし、この日は互いに持ち味を出し合う非常にスペクタクルな試合を見せてくれた。
開始2分、CKを得たフランスは、マケレレからつないだパスをギャラスが左からクロス。これをダイレクトボレーで合わせたゴブーが先制点を叩き込む。だがこの程度ではW杯チャンピオンが慌てることはない。司令塔のピルロを中心に、長短を織り交ぜたパスで攻撃的なアズーリを表現していく。前を向く意識が強すぎたカッサーノが試合を通してややブレーキになったものの、両サイドバックのグロッソ・ザンブロッタは激しいオーバーラップを繰り返してフランスのゴールに迫った。
そんな中でイタリアにとって大きな痛みとなったのが、前半18分のアンリのゴールだった。ペースをつかんでいたイタリアだったが、中盤でボールを奪われた後、リベリーを経由してゴール前にボールを運ばれて、マルダの強烈な左足シュートを許してしまう。これをブッフォンが辛うじてセーブするもののボールは不運にもアンリの足元に転がり、反撃ムードに水を差す痛い2点目を決められてしまった。
1点目以上に大きな喜びを爆発させる「レ・ブルー」のサポーターたち。しかし圧巻だったのはその2分後。イタリアは右サイドで得たピルロのピンポイントFKを、一瞬でテュラムのマークを外したジラルディーノが頭で決めて2−1と詰める。非常に運動量・質ともに高いハイレベルの前半だった。
後半はやや両チームともペースダウン。しかしそんな中から、この試合のフランスを象徴するような得点が生まれる。左からドリブルで縦に持ち込んだリベリーは、後方のアンリにバックパス。アンリから中央のマケレレを経由し、素早く逆サイドのサニョルへボールが渡る。サニョルがプレッシャーを受けることなく落ち着いて蹴りこんだボールは、ピッタリとゴブの頭に合い、世界一のGKブッフォンの牙城を3度も揺らすというスーパーゴールが生まれた。
この得点が象徴するとおり、フランスはアンリの周りを走るリベリーとマルダがスピードを生かして縦にボールを運び、それを後方に落としてつなぐことでイタリアのプレッシャーをかわしてパスをつなぐことが出来ていた。長短の区別されたサイドチェンジを何度も繰り返すことで、狂犬ガットゥーゾの激しいマークも難なくあしらう見事なものだった。
ジダンが抜けたことにより、中盤でプレッシャーを受けながらも逸脱したパスを出せるような司令塔タイプの選手はいなくなったが、それが逆にフランスが持つスピードを生かすサッカーを産み出すこととなった。イタリアにとってはジダンが抜けた今のチームの方が厄介な相手だったのかもしれない。

そしてサポーターが「メルシー、ジダン!」を合唱する中、レフェリーのホイッスルが鳴り響き、3−1で試合終了。フランスはリベンジに成功した。
収束したジダン・マテラッツィ事件
試合後、互いにユニフォームを交換し合う両国の姿は、とりあえずこの事件が落ち着きを取り戻すことを表していた。
熱狂を求めてシャンゼリゼ通り・凱旋門を訪れたものの、ユニフォーム姿で騒ぐサポーターが全く似合わない上品な雰囲気は、いつものパリ市内と寸分変わらぬものだった。シャンゼリゼ通りを端まで歩いて聞こえたクラクションはわずかに3つ、フランス国旗を掲げた車もたった2つ。ドイツW杯時にはあれほど沸いたこの場所もずいぶん落ち着いたものだった。
世界中の議論を呼んだ「ジダンの頭突き問題、マテラッツィの差別発言問題」については、まだまだ真偽のほどは定かではないにしろ、とりあえず世間の心理としては「収束」に向かったようである。それを可能にしたのはUEFAでもスポーツ裁判所でもない、ある一つのリベンジマッチの結果だったのである。

グループBの出場枠は2つ。フランス・イタリアの他に、ウクライナ・スコットランドといった国を持つこのグループは、まさに「死の組」と呼ぶにふさわしい。今後、イタリアがウクライナ・スコットランドに勝ち点を落とすことがあれば、W杯チャンピオンが次のビッグトーナメントへ出場すら出来ないという不名誉な事態も起こりえる。
サッカーの世界では余り耳にしない言葉だが、今後イタリアはボクシングで言えば「防衛」の立場になるわけだ。チャンピオンとしてのプライド、新たなモチベーションの確立と、今回ケガや出場停止で抜けているトーニ、トッティ、デルピエロ、そしてマテラッツィの復活が待たれるアズーリである。
思えばロッテルダムで行われた2000年欧州選手権決勝も、フランスvsイタリアだった。あのときはジダン率いるフランスが無敵の強さを誇り、先取点を挙げたイタリアをトレゼゲの逆転ゴールで下している。今や欧州No.1、No.2を争うこの両国の歴史は、これからも僕たちを大いに楽しませてくれることだろう。
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