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ブラジルにいます。

コンフェデレーションズカップ2013の取材中です。
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落合啓士(ブラインドサッカー日本代表)×清水英斗対談

こんにちは。サッカーライターの清水英斗です。

先月、ブラインドサッカー日本代表の落合啓士さん(通称『おっちー』)と僕の対談をメールマガジンで配信しました。その模様をブログ用にピックアップしてお伝えしたいと思います。
※注:メールマガジン『しみマガ』は5月末で配信を休止しています

ブラインドサッカーとは、GKを含めた5対5で行うフットサルのような競技。その大きな特徴は、4人のフィールドプレーヤーがアイマスクをして、視覚を遮断した状態でプレーすることです。視覚障害者のスポーツではありますが、GKは晴眼者(視覚に障害のない者)が務めますし、また、晴眼者もアイマスクなどの目隠しをすればフィールドで同じようにプレーを体験することができます。 ※2012/6/13修正

ボールの中には鈴のような音の鳴るものが入っており、転がると“シャカシャカ”と音がします。フィールドプレーヤーはこの音でボールの位置を認識するわけです。さらにピッチ外のサイドフェンス沿いには監督、相手のゴール裏に『コーラー』と呼ばれるコーチングを行う人を置きます。GKが守備側の指示、監督が中盤の指示、コーラーは「右45度ゴール!」といった攻撃側の指示を出します。これらのサポートを駆使して、目の見えないフィールドプレーヤーがプレーを行うわけです。 ※2012/6/13修正

僕がおっちーさんと対談したいと思ったのは、サッカーサポーター集団『ちょんまげ隊』が実施している被災地ボランティアの活動で一緒に宮城県へ行ったとき、車で隣りに座っていたおっちーさんの何気ない一言がきっかけでした。

「メッシはたぶん、ブラインドサッカーがうまいと思うんだよね」

メッシは素早く、そして細かくドリブルしているにもかかわらず、ボールを見ようとして顔が下がる時間がすごく少ない選手です。そしてブラインドサッカーは、そもそもボールを全く見ずにコントロールしています。

おっちーさんのコントロールを実際に見ましたが、「実は目が見えているんじゃないのか?!」と思えるほど、スムーズにドリブルするのです。実際、訪れた小学校の生徒たちの前でおっちーさんがドリブルのデモンストレーションをしていると、みんな「ウソだ!あれ絶対見えてるよ!」と口々に言っていたくらい(笑)。

ボールを見ないでドリブルできるという意味で、僕はおっちーさんとメッシの間に、何らかの共通点のようなものをビビッと感じました。

ブラサカには、サッカーに通じるヒントが詰まっているんじゃないか!?

もっと言えば……、

メッシを人工的に育てるエッセンスがあるのでは!?

そこでおっちーさんに取材を申し込んだわけですが、めちゃくちゃ面白かったですね。期待した通りの技術論ももちろんありましたが、その他にもサッカーについて、人間について、深く語り合いました。

-中略-

清水 サッカーはもともとやっていたんですか?

落合 うん。小学校のころはまだ目が見えていて、視力も1.2あったから、キャプテン翼を見てサッカーやりたいと思って、小学校で6年間やっていた。だけど高学年くらいから、夜は目が見えないとかそういう症状が出始めたので、中学校の部活では無理になった。昼休みとか放課後に、友達と蹴るくらい。サッカー自体は、高校までは休み時間に友達と蹴ったり。

清水 高校のときは、まだ目が見えてたんですか?

落合 0.5くらいで、視野もちょっと狭かったけど、普通にボールは見えて、ロングフィードはちょっと見えないけど、短いパスとかだったら全然見えていたよ。

清水 なるほど。

落合 サッカーはもうずっと好きだね。目が悪くなって、できなくなっても。Jリーグ始まったときも見ていたし。

清水 完全に目が見えなくなったのって、18歳のころでしたっけ?

落合 完全に見えなくなったのはもうちょっと後なんだけど、視覚障害者として生きていくと決めたのが18歳のころ。日常生活で白杖を持たないと歩くのが難しくなって。そのときは人影とかも見えてたし、今よりも視力はあったと思う。ただ、視野もだいぶ狭まっていたので、杖がないと日常で歩くときに人とぶつかったりするし、杖を持とうと決めたのが18歳のときだった。

清水 それから7年後、まさか再びサッカーに出会うとは思わなかったですよね。

落合 まさかまさかですよ。ブラインドサッカー自体を、まさか自分がやるとは思わなかった。目が見えないのにサッカーなんて。

清水 その間、サッカーに対する気持ちはどうだったんですか? 好きでやってたものができなくなって、サッカーが嫌いになったりしませんでした? サッカーの話を聞きたくなくなったり、試合を見るのが嫌になったり。

落合 サッカーに対しては、そういうのはなかったね。キャプテン翼とかも、漫画で読むのが厳しくなってきた後はテレビで見たりとか、Jリーグだったらテレビ中継やってるから、元旦は天皇杯見たりとかするし。別に自分ができないからサッカー嫌いになるとか、そういうのはなかったね。そのぶん、親とか周りに対しての風当たりはきつかったけど。

清水 親に対しての風当たりがきついというのは、どういうことですか?

落合 いや…、きついというか、ひどい。手をあげたりとか。親父と一回ケンカしたし。母親にも何回か手をあげたりしたし。言葉の暴言はしょっちゅうだね。高1の頃なんかは友達と遊びに行くのにお金が必要でしょ。バイトも目をあまり使わなくていいのを探してたけど、なかなかそういうところは見つからず、バイトの面接も落ちちゃったりとか。
で、お金が必要だから「ちょうだい」って親に言って、親が「ない」とか言うと、「俺はバイトしたくても、あんたらのせいでバイトできないんだから、そのぶん金出せ」と。それでお金もらったりとか。その後、高2のころからは寿司屋でバイトしてたんだけど。
それから18歳でかなり目が見えなくなったとき、寿司屋で就職したんだけど、仕込みのときに目を酷使するので、たぶん、それで視力がガタンと落ちちゃったんですよ。0.5ぐらいあったのが、0.0以下まで下がっちゃって。それから寿司屋も辞めて盲学校に行ったんですけど、もうバイトもできないし、生活費を親にせびるようになって、同じように目のことを言ってお金をせびったりして。いちばんひどいのは「こんな目に生みやがって」みたいなことを。しょっちゅうでした。

清水 今の温和なおっちーさんからは想像もつかないですね。

落合 そう。僕は性格が180度変わったんですよ。中学校のころから反抗期で、最初に視力が落ちてサッカーができなくなったときに、サッカー自体は嫌いにならなかったけど、サッカーができないストレスで親に当たるようになったり、自分のやりたいことがどんどんできなくなるストレスを全部親にぶつけたりとか。不良グループに入ってたり。そうやって反抗していた。

清水 視力を失うタイミングと、一般的な反抗期がちょうど一緒だったんですね。

落合 そう。常に親とか何かに当たっていないとやってらんない、みたいな。

清水 おっちーさんって、こうやって接してるとすごく穏やかだけど、そういう感情の起伏が激しい一面もあったんですね。

落合 そう。ブラインドサッカー日本代表になった当時でも、僕なんかはトラブルメーカーでしたから(笑)。昔のとげとげしい性格が抜けてなかったんですよ。日本代表というものに思い入れがあって、みんなの代表だから期待も背負わなきゃいけないのに、チームがヌルい感じで、言い方は悪いけど視覚障害者の仲良しクラブみたいな。当初はそういう印象が自分の中にあったんですよ。ブラインドサッカーの代表に対して。だから僕はすごく檄を飛ばして、周りとのぶつかり合いが結構あって。
まあ今思えば、ミスをしたくてミスしてる奴はいないけど、たとえばクリアできるボールにちょっと触っちゃってコーナーキックにしちゃったりとか、そういうのに対して僕が味方にガーッと文句を言ったりとか。それで2005年に代表を外されてますからね。そこから少しずつ改心し始めた。
日の丸を背負うのって、それなりの覚悟とか、ある程度の犠牲があるべきだとそれは今でも思ってるんだけど、その当時はかなり強かったね。例えば、なでしこジャパンが佐々木則夫さんになる前の監督(大橋浩司氏)は「練習中に笑うな」みたいに言っていたらしいけど、それはすごく分かる。僕も当時はそういう考えだったし。でもやっぱり、佐々木さんになってチームが笑うようになって、それが結果につながるのもあるし、僕も良い雰囲気でやるのは意識してる。
ただやっぱり、仲良くしてるのと、ダラダラしてるのは違うじゃないですか?

清水 全然違いますね。

落合 だから当時はダラダラしてるように見えちゃってた、というのが正直あるかな。

清水 僕の考えですけど、その周りに厳しく当たっていた頃のとげとげしいおっちーさんでも、個人競技の選手だったらそれで良かったと思うんです。

落合 あー、そうそうそう。

清水 だけどサッカーって団体で、みんなでやるものですよね。そうすると、個人がそれぞれ自分の正しいと思うものを押し通しても、必ずしもチームの結果にはつながらない。しかもサッカーは他の団体スポーツに比べても、ピッチ内で選手が自由に、即興的に判断しなければならないことが多いですから。余計にチームワークが大事になる。そこがサッカーの難しいところでもあるし、面白いところでもあるんですよね。

落合 そうそう。そうなんだよね。僕は中学校3年間、柔道部だったんですよ。サッカーできなくなって、たまたま柔道部に勧誘されて、別にいいかみたいな感じで入った。柔道は団体戦もあるけど、基本は個人競技なんで、自分のそういうストイックさが結果についてくるから面白かったし、小学校とかでサッカーやってても、そんなに周りと意見のぶつかり合いをしないし、監督の言う通りにやって、あとは自分の好きなようにやって。それから大人になってブラインドサッカーをやるようになって、団体スポーツの難しさを痛感したね。

清水 大きな出会いでしたね。

落合 ブラインドサッカーに出会わなければ、人格的には昔のままだったと思うよ。

清水 今も、“ジャックナイフおっちー”のままだった可能性が(笑)。

落合 そうなんすよ(笑)。

―中略―

清水 僕の印象では、障害者スポーツって、障害のある人が誰でも楽しめるように、ハンデをカバーしてくれるような優しいやり方をするイメージがあったんですよ。だけどブラサカって完全に逆で、すごく障害者に厳しいルールじゃないですか? 視力のない状態で目隠ししてサッカーするなんて、普通のサッカーよりも遥かに難しい。体の当たりも激しいし。でも、そこがブラサカの面白いところなのかなって。

落合 あー、そうだね。他の障害者スポーツ、特に球技って、安全面を確保するルールがどんどん採用されているんですよ。たとえばお互いの接触がないように、野球でいえば、走塁ベースと守備ベースがそれぞれ違ってたりする。

清水 お互いがぶつからないようにルールで守っているわけですね。

落合 他のスポーツでも、お互いのコートが別々に分かれていることが多くて、コンタクトプレーはブラインドサッカーだけ。視覚障害者会からは、危ないとか、怖いとか、そういう声がすごく多いんだけど、今言ったように逆の発想というか、今まででは『かごの中の鳥』のような感覚だったのが、外の一般世界と同じような感覚で自由になれるのは大きい。
ブラインドサッカーをプレーしているときって、自分の目が見えている錯覚に陥るんですよ。実際には見えていないんだけど、自分の頭の中で映像を常にイメージするから、声が聞こえてくると、暗闇の中にポンと人形が現れるような感じで。で、ボールの音が聞こえてきたらそこにボールがポンと現れて。コートの大きさのイメージもある程度はできているから、完全に自分の目が見えているような錯覚になるんです。

清水 それは日常生活では得られない感覚ですか?

落合 得られないものだね。自分が視覚障害者というのを、忘れられる時間だと僕は思っている。街中を歩いていても杖を持っているし、今日もそうだけど、周りから「どこ行かれるんですか?」って聞いてくれて「どこどこです」「じゃあ一緒に行きますよ」とかあるし。それに街中で走ると危ないから、走れないじゃないですか。だけどブラサカでは杖も持たないし、全力で走れるし、それこそボールも蹴るし。どこにも視覚障害者の要素がない。

清水 たしかに。ブラサカは僕らも目隠しして対戦できますよね。僕も最近フットサルの前とかに、目を閉じてドリブルの練習をやっているんですよ。すごく難しいけど、目が見えているときにはある程度アバウトだったボールタッチの一つ一つが、目を閉じてやってみると、足とボールが触れる瞬間にクッキリと自分の中に染み込むような、そういう感覚があって新鮮ですよ。

―中略―

落合 これはブラインドサッカーだけじゃないかもしれないけど、スポーツって、仲間との絆っていうか、信頼関係がより深くなる。ブラインドサッカーって唯一、視覚障害者のスポーツの中で、目が見える人も選手として大会に出られるわけですよ。他の種目はガイドとか伴走者とかコーチになっちゃうけど、ブラインドサッカーのGKは晴眼者で、完全に選手として出場する。
この前、アジアパラリンピックで面白かったのがね、基本的に全部障害者が出る大会なので、メンバーの一覧表には出場種目や名前と一緒に、障害の等級を書く欄があるんですよ。で、ブラインドサッカーのGKを見たら、障害:なし、等級:なし、って書いてあって(笑)。みんなで「オイ、“なし”って書いてあるの、ここだけだぞ!」って笑ってた。

清水 なるほど(笑)。ブラサカみたいな競技は本当に珍しいんですね~。

落合 そういう意味では障害者も晴眼者も同じ目線でやっていけるのは、一つの楽しみなのかなって思う。

清水 僕はそれをさっき、「ブラサカは障害者に厳しいスポーツ」と表現しましたけど、厳しいっていうのは、そこに本来の自分が余すことなく開放されている感じでもあると思うんですよね。

落合 うん、そうだね。

清水 つまり、障害を持つことに対する感覚が変わるきっかけとして、ブラサカがあるとしたら、すごく面白いんじゃないかと。

落合 あ~! そうかもしんないね。そういう意味では日本代表も関係ないよね。

清水 波及する効果はたくさんあると思うんです。例えばちょっと内気だった子が、ブラサカをやってみたら、めっちゃしゃべるようになるとか(笑)。しゃべらなきゃ成り立たないスポーツですから。

落合 そうだよね。それ面白い。僕は科学的にもっと根拠が強くなったら大々的に言っていこうと思っていたことがあるんだけど、ブラインドサッカーをやることによって視覚障害者としてのスキル、人としてのスキルが上がると思っていて。例えば聴覚、ブラインドサッカーをやることによって必要な音だけを拾っていくわけですよ。街中を歩いているときに、いろいろな音が鳴っている中で必要な音を瞬時に拾っていく能力が上がると思うし。
あとはブラインドサッカーってすごく走るわけでしょ。それが怖さをすごく払拭できると思う。そうすると街中で歩くスピードもちょっと上がると思うんだよ。あとは、とっさに避ける反射神経っていうのかな、例えば何かにぶつかったときも、今まではガーン!ってぶつかっていたかもしれないけど、ブラインドサッカーやるようになって、当たる瞬間にクッと半身になるっていうのかな。

清水 なるほど。ぶつかった衝撃を逃がすわけですね。

落合 結局は当たるんだけどね。衝撃をやわらげられる。変な話、僕は普通に歩いていても、家までだったら杖がなくても歩けるんだよね。例えば道にデコボコがあって、ここにデコボコがあるからここが曲がり角だ、みたいなことも分かるし。他にも入り口がちょっとへこんでいるとか、それは足の感覚で分かるんで。
そういう感覚も、ブラインドサッカーをやって僕は研ぎ澄まされているんじゃないかなと思う。視覚障害者としてのスキルが上がるから、日常も生活しやすくなる。それをもうちょっと調べて、勉強したらいろんな人に言っていこうかなと思う。だからブラインドサッカーやろうよ、みたいな。


『浦和の蹉跌を解き明かす』対談に関して

 今回のしみマガの対談『浦和レッズの蹉跌を解き明かす』は、前編、後編 共にすでに配信され、現在はバックナンバーとなっています。その内容は、

●ペトロが目指した『世界のスタンダード』とは?
●『ポジションサッカー』という言葉の弊害
●フィンケ時代に起こった通訳問題。選手はストレスを抱えていた
●ペトロの戦術がブレたこと
●監督と選手のコミュニケーションの実情
●プロの監督はまずリスペクトされて、次に批判、見解をするべき。メディアの軽い批判に疑問を呈す
●鈴木啓太のキャプテン像と、コーチング問題
●来期の展望

 となっています。
 川本梅花氏と清水英斗の対談、興味がある方はぜひバックナンバーからでもお読み頂ければと思います。

 なお、川本氏にはボランティア(無償)で出演していただいております。
 この場を借りて、感謝の意を述べさせて頂きたいと思います。ありがとうございました!

浦和・ペトロビッチ前監督が目指した『世界のスタンダード』とは?

川本梅花(以下、川本) 浦和は2010年最初のプレシーズンマッチ(さいたまシティカップ)で大宮と対戦して、負けたよね?(0-3) あの時点で、サッカー自体はヤバいサッカーだったよね。何がヤバいかっていうと、サッカーのシステムは選手の質で作るわけだから、チームの選手に合ったスタイルが求められる。でも日本に来て失敗する監督っていうのは、最初に自分のスタイルがあって、それに選手を当てはめるやり方をする。それは失敗するパターンなんだよ。

清水英斗(以下、清水) そうですね。代表チームの監督ならセレクトできる選手の幅が広いので、自分のスタイルありきでも成功するかもしれませんが、選手が限られているクラブチームの場合は、スタイルありきだと失敗する監督が多いですね。今シーズン、インテルを率いてすでに解任されたガスペリーニ、ローマを率いているルイス・エンリケも、同じパターン。

川本 自分のスタイルを構築するには時間がかかる。そのやり方で失敗して、後から成功したっていう例は広島のミハイロ・ペトロビッチだよね。J2に落ちて、そこから作り上げたわけでしょ。柏のネルシーニョもJ2でチームを作り上げている。彼がチームを降格させたわけじゃないけど、実質、J2から始まっているわけだよね。ゼリコ・ペトロビッチ(以下ペトロ)の場合も、1年目でACL出場というような、すぐに結果が出るチームを作り上げるタイプの監督じゃないんだよね。

清水 確かに。ペトロと話せば話すほど、この人は長期育成型の監督なんだなと感じました。僕はプレシーズンの大宮戦を見て、ペトロのやりたいことは面白いと思いました。タッチライン際にサイドの選手を張らせること、ドリブラーを生かすこと。そういうピッチ幅を広く使ったサッカーを試みるチーム自体がJリーグに少なかったので、浦和がどのようなステップを踏むのか、非常に興味がありました。

川本 ペトロのサッカーをどう評価するかなんだけど、僕はレベルの高いことをやろうとしていたと思うんだよ。ヨーロッパのスタンダード、トップクラブがやっているようなサッカーをやりたかったと思う。ただ、それには選手のレベルが低すぎるし、それは技術的にもそうだけど、サッカー脳の質も問題だった。

清水 僕は、浦和の選手が、ペトロに言われたことに縛られてプレーしている印象も受けました。言われたことしかやらないというか。一つ例を挙げると、シーズン中のあまり良くない時期に、永田充は「監督に言われたことはやっているから、別にいいでしょ」というような不満を口にしたことがあったんですよね。軽い開き直りみたいな。でもサッカーって、そういうものじゃない。監督に言われたことをやるだけでは、変化し続けるピッチ内の状況に対応できない。

川本 選手はペトロが求めているものを、文字通り解釈して、今みたいに言うわけだよ。「言われたようにやってるからいいでしょ」って。でもさ、一つ例を挙げると「サイドに張れ」って言われたときに、“サイドに張ることの意味が何か?”ということを選手は考えてないんだよ。「自分はサイドに張っているから自由にプレーできない」って主張するんだよね。でもペトロがなぜサイドに張れって言っているのかを、考える選手がいれば、僕はもっと違う結果になっていたと思うんだよ。

清水 その意味とは?

川本 ペトロはサイドに張れと言ったけど、なんでサイドに張らせるのかといえば、真ん中に人数を増やしたいから。一見、サイドに張ると選手間の距離が開くと考えるでしょ? だけどヨーロッパのトップリーグを見ると、サイドに張らせるチームはすごく多いんだよ。それはサイドを攻撃の基点にする意味もあるんだけど、サイドに張らせることで真ん中に人を集めて厚みを持たせたいんだよ。中央突破が優先的な選択肢だから。

 だから浦和の場合も原口元気を左サイドに張らせて、田中達也やマルシオ・リシャルデスを右サイドに張らせるのはサイドアタックを主にしたいわけじゃなくて、真ん中に厚みを持たせて真ん中を攻略したいのがペトロにはあったと思うんだよ。そこで真ん中が詰まったらサイドにボールを回すことになるんだけど、そこを選手は理解してなかったと思う。そして、それをペトロがちゃんと伝えられていたかといえば、伝える能力も彼は低かったと思う。

清水 ペトロがプレシーズンからシーズン序盤にかけて、ずっとメディアに対して繰り返していたのは、「(原口)元気の良さを生かす」ということでした。それを聞いたメディアの人たちは「浦和の戦術=サイドアタック」という伝え方をしていたんですけど、僕はあくまで「(原口)元気の良さを生かす」というのはチームの形ではなく、戦術のスタートラインだと理解していました。サイドに相手の脅威となる原口を置くことで、真ん中を突破しやすくなる。そういう当たり前な方向性を持っていたのだろうと。

川本 そもそも、原口を真ん中に置いたらどうなる? って話でさ。

清水 そうですね。だから最初、サイドに張っていたときに原口は輝いていたけど、だんだん結果が出ずに4-4-2もやって、原口が真ん中ぎみに寄ってプレーするようになったら、それなりに対応しつつも、徐々に彼は調子を落としましたよね。真ん中でプレーするには視野や状況判断がつたない。本人も日本代表で香川真司のプレーを見て、「次元が違う」とショックを受けていましたけど、まさにそういうこと。

川本 ドリブラーがサイドに張るのは、相手のサイドバックと1対1になったときに真ん中で1対1になるよりも突破を成功させる確率が高いわけでしょ。原口は山田直輝みたいに味方を使って空いたスペースに入る動きができるかといったら、できない。だから原口をサイドに置くしかないっていう選択だったと思うんだよね。

清水 そうですね。そして結局、ドリブラーの原口を置いたことに攻撃のパターンが縛られて、中央を崩す攻撃はなかなか向上しませんでしたね。

川本 真ん中に厚みを持たせるためには、もう一つポイントがある。ペトロは永田充に、ナポリのパオロ・カンナバーロやバルサのジェラール・ピケのようにプレーすることを求めていたんだよ。

清水 と、言うと?

川本 今は3バックを使うチームが増えているけど、例えば、ナポリの3バックとバルセロナの3バックがあって、それらは何が違うのか? ボールを持っているとき、ナポリはウイングバックがタッチライン際に張って前線まで上がり、守備のときは最終ラインまで下がる。

清水 ナポリのウイングバックは、基本的にはタッチライン際の上下動ですよね。

川本 それを終始繰り返すんだよ。必然的に5バックになったりするけど、そうやって最終ラインに飲み込まれるのも良しとしているわけ。

清水 そうですね。一方、バルサの場合は3バックがサイドへスライドしてピッチ幅を広くカバーするので、ナポリのようにはならないですよね。

川本 そう。そしてナポリの真ん中のセンターバックはP・カンナバーロなんだけど、バルサの真ん中の守備はピケ。彼らの守備については、実はやっていることは同じ。相手のFWに対してすごく前へ出てチェックしていく。自分のポジションを捨てて出て行き、相手のFWがボールを持った瞬間、そのFWの背後にいるんだよ。

で、相手FWは前を向けないからバックパスを出す。そうしたら、P・カンナバーロやピケはまたポジションに戻る。これを繰り返すんだよ。それも、ちょっと前過ぎないか、ってところまでチェックに行く。ペトロが永田充に言っていたのはそういうことなんだよ。自分のポジションを捨ててでも、前に思い切りプレスに行けと。ボールを取れなくても一回ボールを下げさせて戻れと。

清水 攻守の切り替えから素早くプレッシングすることが約束事になっているチームは、センターバックが中盤に積極的に出て行きますよね。真ん中に厚みが出る。

川本 それが永田にはできていなかったんだよ。一方、前線を見ると、ナポリとバルサは両方とも3トップ(最近のバルサは3”5”2)。バルサはセンターフォワードのメッシが最前線から下がってくるけど、ナポリのセンターフォワードは下がらない。そして両ウイングはどうかといえば、バルサはタッチライン際に張るけど、ナポリはセンターフォワードの下に2人のFWがいる。

清水 そこがバルサの大きな特徴ですよね。ナポリは、1トップ+2人のシャドーストライカーみたいな感じ。

川本 そう。で、バルサの場合はセンターフォワードが下りてくるけど、ペトロはセンターフォワードのエジミウソン(現アル・ガラファ/カタール)を最前線に張らせていたよね。で、ウイングFWも張らせるから、浦和の場合、真ん中にいるのはマルシオ・リシャルデス、柏木陽介、鈴木啓太の3人しかいない。人数が足りないんだよね。ウイングをサイドに張らせたのは、原口がドリブラーだから勝負をさせるのと、真ん中に厚みを持たせたいということなんだけど、真ん中が3人しかいないから、人が足りない。じゃあセンターバックが攻撃参加するかといえば、しないでしょ。永田はそういう選手じゃないから。足元はうまいほうかもしれないけど、ビルドアップ能力ってないでしょ。

清水 キックの精度はいいけど、永田はボールを持って運べないですよね。

川本 ドリブルでゲームを作るところって全然見られないんだよ。

清水 相手を抜けと言っているわけじゃないんですよね。浦和はスペースにボールを運ぶドリブルができない選手が多い。永田もそうだし、坪井慶介もそうだし、鈴木啓太もいまいち。柏木陽介は、序盤は全然ダメで徐々に良くなってきたけど、まだまだ突出したとは言えない。浦和はそういう運ぶドリブルが苦手な選手が多いんですよね。というより、できる選手がどんどん出て行ってしまった。

川本 だから真ん中が薄くなるんだよ。何を言いたいかっていうと、3バックなら真ん中を1人増やせるでしょ。バルサは3バックで中盤の4人をダイヤモンドにしてるんだよね(3”4”3の場合)。真ん中で人数が1人増えて4人になるし、4バックのときはピケが攻撃に参加するから、やはり1人増える。だけど浦和の場合は、中盤に3人しかいなくて。

清水 バルサはセンターバックのピケかアビダルが上がり、センターフォワードからメッシが下がるから結果的には中盤は5人。だけど浦和は3人。フォーメーション表記は同じでも、ここの運用が決定的に違うんですよね。

川本 そういうことなんだよ。だから4バックで前線にウイングFWを張らせても、バルサは中盤を支配するのが可能だけど、浦和の場合はまずセンターバックに問題があって。ただ守備をするだけの人というのは、現代サッカーでは考えられない。ましてペトロが望んでいたのはオランダ式のサッカーだから。アヤックスを見てもらえればわかるけど、センターバックがものすごく攻撃参加する。MFのところまで上がって行く。サイドに張らせつつ、真ん中に厚みを持たせて突破したいから。

清水 そうですね。単純に真ん中をコンパクトにすると、相手の守備も真ん中が厚くなって渋滞を引き起こしてしまうけど、こちらがサイドにウイングを張らせた状態でそれをやると、相手の真ん中の守備を薄く引き延ばした状態で、こちらが枚数で優位に立てるんですよね。バルサのように。

川本 そう。それにたどり着くためには、ペトロが考えていた理想と、実際の選手の技量、そしてペトロの伝達能力。問題点はそこにあったと僕は思うんだけど。

清水 そこは完全に同意です。

川本 これはあくまで僕の勝手な想像なんだけど、エジミウソンがセンターフォワードやっていたけど、あそこでボールが収まらなかったでしょ。「あれ、こんな選手だったっけ」、と思うような場面が何回もあったんだよね。後ろからボールが来ても全然体を張らない。どうしたんだろうなと思っていたら、カタールに移籍したでしょ。表面上は「行きたくないけどクラブが容認したから」という話になってるんだけど、僕はあれ、初めから出来レースなんじゃないかって思ってるんだよね。

清水 なんと。

川本 新潟戦のエジミウソンのプレーを見たらわかるんだけど、ものすごいんだよ。新潟のホームでの試合。そのときのエジミウソンのプレーはものすごく切れていて、それは移籍が決まってからの試合だったんだよ。だから、わざと力を出さなかったんじゃないかって。代理人を通じてカタールのクラブと話が決まっていて……と思うくらいプレーが違ったんだよね。全然、確証はないけどさ。

清水 ペトロは解任後に「今さらだが、あのときエジミウソンを何としても引き止めておけば良かった」と後悔していましたよね。もしも本当なら、ペトロもだまされたということですけど。

川本 まあ、そう疑いたくなるほどエジミウソンが機能していなかった理由がわからないということなんだよ。能力があるのに、あそこでボールが収まらなければ話にならないわけでしょ。

清水 たしかに。センターフォワードもセンターバックも真ん中の組み立てに参加できないのであれば、中央からの攻撃はうまくいかないですよね。

2012年01月06日配信の「しみマガ」より無料公開として。メルマガでは、この記事の3倍近いボリュームで紹介しています。※

「日本のUEFA加入」はどれぐらい現実的?

2011年11月29日配信の「しみマガ」より抜粋

 ACLをスタートさせたり、オセアニア連盟に所属していたオーストラリアをAFCに転籍させたりと近年のAFCには功績も大きいわけですが、その反面、さまざまな批判も存在するのが実情です。
 
 あきれることも多いのですが、日本もアジアの一つであるからには仕方がない……と普通の人ならそう思うはずです。が、07年にサッカージャーナリストの後藤健生さんと僕が対談をしたとき、「やっぱりアジアからサッカーで世界一を目指すのは難しいですね」という僕の台詞に対して、後藤さんはとんでもない改革案を口にしたんです。
 
 「だからさ、日本はUEFAに加盟すればいいんだよ」
 
 ………。
 
 日本がUEFA?
 
 あまりに素っ頓狂な話だったので最初は何を言っているのか、わからないぐらいでしたが、後藤さんによれば「オーストラリアがAFCに参加できるくらいだから、日本がUEFAに参加してもおかしくない」と。言われてみれば……ほんの少しだけ納得。後藤さんって、こういうとんでもないけど辛うじて筋は通ってるようなことを言い出す人なんです。
 
 とはいっても、極東の日本がより欧州に近い西アジアや中央アジアをすっ飛ばしてUEFAに加盟なんて、地理的にも政治的にもハチャメチャすぎる。
 
 ただ、僕も「不可能ではないのかな……」と思い始めたら、妄想が止まらなくなってしまう性格です。
 
 よくよく考えたら欧州と日本の間にある国は、緯度の低い側のルートで見ればロシア1国のみ。ロシアはUEFA所属なので、日本もUEFA属国に接しているわけです。だったらUEFAに加盟してもおかしくない。ものすごく強引な解釈ですが。
 
 ただ、その強引な解釈を欧州側に認めさせることができるとしたら……、さすがに何かきっかけが必要でしょう。経済的な恩恵などはもちろんですが、それ以上にこのハチャメチャ案を少しだけ現実化させることができるきっかけがほしい。
 
 そう考えると、カギは『ウラジオストク』にあるんじゃないかと。

続きは「しみマガ」にてどうぞ!
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清水英斗

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